
専門学校に通う学生のほとんどは、日常的にSNSを使いこなしています。投稿もリールもライブ配信も、操作には慣れているでしょう。そのため「自校の学生は使えているのだから、改めて授業でSNSに取り組む必要はないのではないか」と考えている教員も少なくないはずです。
ところが卒業生からは「会社や店舗のアカウント運営を任されたものの何を投稿すればよいか」「成果をどう分析すべきか」と悩む声が増え始めました。個人としてSNSを使えることと、企業の担当者として運用できることは、実はまったく別ものです。
ここでは、個人SNS使用と企業SNS運用に存在する3つの根本的な違いを公的データを踏まえて整理し、専門学校でSNSの運用を授業のなかで教えるべき理由をお伝えします。
目次
学生はSNSを「使える」のか、前提を確認する
まずは学生のSNS利用実態と、教育現場でよく見られる認識のズレを公的データから確認しましょう。「日常的に使える」状態が、企業の担当者として「業務で使える」状態と同じとは限りません。本章では次の3つの観点で整理していきます。
- 10代〜20代のSNS利用率の現状(総務省データ)
- 「日常で使える」と「業務で使える」を分ける決定的な違い
- 教員側に潜む「個人SNS=業務SNS」という誤認
SNS利用率の現状(10代〜20代)
総務省の調査によれば、若年層のSNS利用率は高水準で推移しています。主要SNSの利用率は次の表のとおりです(出典:総務省 令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書(概要))。
| SNS | 10代 | 20代 | 全年代 |
|---|---|---|---|
| LINE | 95.0% | 99.5% | 94.9% |
| X(旧Twitter) | 65.7% | 81.6% | 49.0% |
| 72.9% | 78.8% | 56.1% | |
| TikTok | 70.0% | 52.1% | 32.5% |
文字投稿・写真投稿・短尺動画・ライブ配信を組み合わせて使いこなす学生は珍しくなくなりました。総務省「令和6年版 情報通信白書」では、社会生活・企業活動の両面でスマートフォン・SNS・クラウドの活用が継続的に拡大していることも報告されています。国内のSNS利用者数は2023年1月時点で1億580万人に達しており、企業の情報発信チャネルとしての位置づけも年々強まっている状況です(出典:総務省 令和6年版 情報通信白書 図II-1-7-2(Statista推計値))。学生側の「日常的な使い手」としての立場と、就職先で求められる「業務の担い手」としての立場の境界が、ますます意識されにくくなっています。
「日常で使える」と「業務で使える」の決定的な違い
個人としてSNSが「使える」というのは、おもにアプリ操作が可能で投稿経験があるという状態です。一方、企業の担当者として「業務で使える」という場合は、戦略の立案・コンテンツ企画・データ分析・広告運用・炎上対応・社内調整までを含む業務遂行能力にあたるでしょう。後者の能力を身につけるにはしっかりとした学習が不可欠です。
たとえば学生が「いいねが伸びた」「フォロワーが増えた」と感じるとき、その評価軸は閲覧数や反応数に偏りがちでしょう。企業の担当者は、売上貢献・来店誘導・ブランド認知・採用応募といった事業KPIで評価される立場に置かれます。指標が違えば、投稿の設計も改善の方法も変わってきます。
教員側の認識:個人SNSと業務SNSを分けて考える必要がある
教育現場で時折みられるのが、「学生はSNSをよく知っているから、わざわざ授業で取り組まなくてもよい」という認識です。これは個人のSNSと業務としてのSNS運用を同じものだと捉えてしまっている状態にあたります。就職先の上司・先輩からも同様に認識されていることがあり、新人担当者が現場で戸惑う一因にもなっています。
ウイナレッジの特集インタビュー「増え続けるSNS犯罪、先生自身と学生のために知りたい最新事例と対策」では、ITジャーナリストの高橋暁子氏(成蹊大学客員教授)が「先生方は学生時代にネットリテラシーを学んでいない世代が多いですし、プライベートでもそこまで使っていない、正直詳しくないという方が多い」と指摘しました。教員側でもSNS環境の変化を意識し、教育内容をアップデートする必要があります。
教育現場で「企業で必要なSNS運用」を学ばせる意義
個人と企業ではSNSに求められるものが異なります。そこに、教育機関が体系立てて教える意義が生まれます。本章で扱う3つの論点を先に整理しておきましょう。
- 学生のSNS利用と企業のSNS運用のギャップ(目的・責任・成果指標の違い)
- 学生が就職後に直面する現実:個人感覚のままでは戦力にならない
- 教育機関だからこそ体系立てて教える意義(産業界からの期待)
学生のSNS利用と企業のSNS運用のギャップ(目的・責任・成果指標の違い)
個人SNSと企業SNS運用は、目的・責任の所在・成果指標の3点で根本的に異なります。観点ごとに対比すると、両者の違いが浮かび上がるでしょう。
| 観点 | 学生の個人SNS | 企業のSNS運用 |
|---|---|---|
| 目的 | 自己表現・交流・記録 | 事業成果(売上・認知・採用)への貢献 |
| 責任の所在 | 本人 | 組織・ブランド全体 |
| 成果指標 | いいね・フォロワー・閲覧数 | KPI(CV・LTV・ブランドリフト等) |
| 判断者 | 本人ひとり | 承認フロー・複数部署 |
| 失敗時の影響 | 個人の信用低下 | ブランド毀損・売上減・株価への波及も |
両者は「同じ画面の上で行われる行為」というだけで、その中身はまったく異なる活動だといえます。学生が日常で身につけているのは個人SNSの作法であり、企業SNSの作法を習得するためには、学習機会を設ける必要があるでしょう。
学生が就職後に直面する現実:個人感覚のままでは戦力にならない
就職先で「SNSができるなら担当してほしい」と任された卒業生が、戸惑いの声を寄せるケースが増えてきました。日常で使い慣れているはずなのに、いざ企業アカウントの運営を任されると、何を投稿してよいか、誰の許可を取るべきか、何をもって「うまくいった」と判断すればよいかが見えなくなるのです。個人感覚のまま現場に出ると、こうした初動の戸惑いは避けにくいでしょう。
同インタビューでも、高橋暁子氏が学生について「あくまで”身内受け”のつもりで使っていることが多く、トラブルによって自分が損害賠償を請求されたり、書類送検されたり、学校を退学になってしまうことがあると理解できていない」と指摘しました。こうした個人感覚と社会・業務でのギャップは、企業SNS担当となった新入社員にも同じく見られます。
教育機関だからこそ体系立てて教える意義(産業界からの期待)
経済産業省とIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が2022年12月に策定した「デジタルスキル標準」は、DXを推進する人材に必要なスキルを体系化した指針です。政府は「デジタル田園都市国家構想」のもと、デジタル推進人材を2026年度までに230万人育成する目標を掲げました。
一方、IPAの「DX動向2025」によれば、日本企業の85.1%でDXを推進する人材が不足しているとの結果が示されています。とくに中小企業や地域企業では、新入社員がそのままSNS担当を任されるケースも珍しくないでしょう。
教育機関は、独学では身につきにくい戦略思考・データ分析・コンプライアンス対応・社内調整までを、座学と実習を組み合わせて教えられる立場にあります。操作方法が日常で身についているからこそ、その先の「業務で使える」段階まで橋渡しをするのが、教育の役割だと考えられます。
誰もがSNS担当になる時代、専門人材だけの知識・スキルではない
かつてSNS運用は、マーケティング部門の専門担当が担う仕事と認識されていました。現在は業種・規模・部門を問わず、誰もがSNS担当として関わる可能性のある時代へと変わってきています。本章で扱う3点は次のとおりです。
- 業種を問わず広がるSNS担当者の役割
- 専門部署だけでなく現場社員も担う時代の到来
- 卒業生の就職先で起きている実態
業種を問わず広がるSNS担当者の役割
総務省「令和6年版 情報通信白書」によれば、社会生活・企業活動の両面でデジタルサービスの活用が拡大しており、SNSをビジネス利用する企業の比率も年々高まる傾向にあるでしょう。利用シーンは多様化が進んでおり、業種ごとの主な担当者像と発信目的を整理すると次のとおりです。
| 業種 | 主な担当者 | 発信目的 |
|---|---|---|
| 飲食・小売 | 店長・店舗スタッフ | 来店促進・新商品告知 |
| 医療・介護 | 事務局・広報担当 | 採用・地域信頼の獲得 |
| 士業・専門サービス | 所長・スタッフ兼任 | 専門性の発信・問い合わせ獲得 |
| 行政・自治体 | 広報担当 | 地域情報の発信・住民理解 |
| 美容・サロン | スタイリスト・スタッフ | 指名予約獲得・ブランディング |
SNS担当者の役割は、単なる投稿にとどまらず、戦略立案・広告運用・コミュニティ運営までを含む業務へと拡張されました。学生がどの業種に就いても、SNS関連の業務に関わる可能性は高まっているといえるでしょう。
専門部署だけでなく現場社員も担う時代
多くの中小企業では、SNS運用を担う専門部署が存在していません。総務担当者が広報を兼ね、店長が地域SNSの発信を行い、新人が店舗アカウントを任されるケースも多く見られます。専任ではなく兼任で担う構図が、現場の実態に近いでしょう。
言い換えれば、SNS運用のスキルは「マーケティング学科の学生だけが学ぶべきもの」ではありません。SNSに関するリテラシーは社会人として広く求められる時代に入っており、情報メディア系・ビジネス系・医療福祉系・公務員系はもちろん、デザイン系や美容理容系の学生にとっても、就職後の業務範囲に組み込まれる可能性のある領域だといえます。
「学生が日常で使っている」からこそ教えておくべき、個人感覚ではダメな3つの理由
「日常で使えている」を放置すると、学生は就職先で個人使用の感覚のまま企業SNSを運用してしまうリスクを抱えます。なぜ個人感覚のままでは通用しないのか、本章で扱う3つの理由を先に挙げておきましょう。
- 理由(1):個人感覚の投稿は炎上を招く(責任は組織が負う)
- 理由(2):個人視点では成果を測れず改善できない(KPI・データ分析の欠如)
- 理由(3):個人発信ではブランド・組織の信用を守れない(ガバナンス欠如)
3点の概要は次の比較表で整理しました。
| 理由 | 個人感覚で起きる事象 | 企業現場で求められる対応 |
|---|---|---|
| (1)炎上リスク | 身内感覚の投稿が外部に拡散 | 組織発言としての事前チェック |
| (2)成果未測定 | いいね・フォロワー数で満足 | 事業KPIに紐づくデータ分析 |
| (3)ガバナンス欠如 | 個人判断で発信が完結 | 承認フロー・ブランドガイドライン整合 |
理由(1):個人感覚の投稿は炎上を招く(責任は組織が負う)
消費者庁が公表する「消費者白書」では、SNS関連の消費生活相談件数が継続的に増加しており、2024年は86,396件と過去最多を更新しました(出典:消費者庁 消費者白書)。企業アカウントから発信された情報は、世の中では組織の発言として受け止められます。一度炎上が起きれば、責任は投稿者本人ではなく組織が負うことになり、ブランド毀損や売上減少といった具体的な損失へと直結します。
炎上を防ぐには、投稿前に「組織として発信して問題のない表現・内容か」を判断する視点が欠かせません。これは個人SNSでは身につきにくい感覚であり、授業で意識的に教える必要のある領域だといえます。
理由(2):個人視点では「成果」を測れず改善できない(KPI・データ分析の欠如)
個人SNSの成果は、いいね数やフォロワー数といった可視化された指標で十分に満足できるでしょう。一方、企業のSNS運用は、売上貢献・問い合わせ件数・来店人数・採用応募といったKPIで評価されます。これらの指標は表面的な反応数を超えた領域に位置づき、データ分析と継続的な改善サイクルがなければ捉えられません。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」でも、AI・ビッグデータ・データ分析のスキルが、企業のDX推進人材に求められる重要な能力として位置づけられました(出典:IPA DX動向2025)。学生が「成果を測る」「データを読み解いて改善する」感覚を持つには、授業のなかで具体例とともに体験する機会が欠かせないでしょう。
理由(3):個人発信ではブランド・組織の信用を守れない(ガバナンス欠如)
個人発信は基本的に本人の責任で完結します。ところが企業発信では、投稿が組織の信用に直結するため、社内の承認フロー・ブランドガイドラインへの整合確認・リスク発生時の対応手順といったガバナンスが欠かせません。新人がいきなり企業アカウントを任された場合、こうした枠組みなしに動いてしまうと、思わぬところでブランド価値を損ねてしまう可能性も否定できないでしょう。
ガバナンスは「ルールで縛る」ためのものではなく、「組織として安心して発信を続ける」ための仕組みです。授業では、なぜガバナンスが必要なのか、誰がどこで判断するのかという構造を学生に伝える必要があります。
授業で伝えたい3つの手
ここまで整理してきた前提を踏まえ、教育現場で学生にどのような視点を伝えていけばよいかを、3つの方向性で整理します。教員のアクションリストではなく、学生に向けて授業のなかで繰り返し伝えたいメッセージとして位置づけました。先に全体像をご覧ください。
| メッセージ | 学生に伝えたいこと | 授業での扱い方 |
|---|---|---|
| (1)別物と知る | 個人SNSと企業SNSは別物 | 両者の比較ワーク |
| (2)責任を体感 | 投稿には組織の信用が伴う | 炎上事例分析・承認フロー演習 |
| (3)戦略の存在 | プロのSNS運用は戦略とKPIで動く | 全体像の俯瞰・次の学びへの導線 |
(1)個人SNSと企業SNSは別物、まず違いを体感させる
授業の入り口で、まず学生に「個人SNSと企業SNSは別物だ」という事実を体感してもらうのが起点になります。学生自身の個人アカウントと、架空または実在の企業アカウントを比較しながら、目的・責任・成果指標の違いを言語化させていきましょう。違いを実感した瞬間は、その後の学びへ前向きに取り組む土台となります。
(2)投稿には組織の信用とブランドが伴う、責任の感覚を育てる
企業アカウントから発信される投稿は、その組織の信用とブランドを背負っています。学生に「自分の投稿が組織の発言として受け取られる」感覚を持たせるには、炎上事例の分析や、社内承認フローのシミュレーションが有効です。社会人として業務を担当した際に、責任の感覚が判断の支えとなるでしょう。
(3)プロのSNS運用は戦略とKPIで動く、次の学びへの誘導
プロのSNS運用は、戦略立案からKPI設計、データ分析、改善までの一連の流れで動きます。学生にこの全体像を見せておくと、就職後に新人担当者として現場に立った際の心構えが変わるでしょう。
まとめ:「日常で使える」を「業務で使える」に変えるのが教育の役割
本記事の要点を3つに整理しました。
- 個人SNSと企業SNS運用は、目的・責任・成果指標の3点で明確に異なる
- 業種・規模・部門を問わず、誰もがSNS担当になる時代に入っている
- 「日常で使える」を「業務で使える」へ橋渡しするのが教育機関の役割
学生はSNSを日常的に使えています。一方で、企業の担当者として求められる業務遂行能力は、日常使用の延長線上で自然に備わるものではありません。個人SNS使用と企業SNS運用は別物であり、目的・責任・成果指標の3点で明確に異なります。誰もが企業のSNS担当になる可能性のある時代に、学生が就職先で困らないためには、教育機関での体系的な学習機会が必要となるでしょう。
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