
連載授業アップデートテクニック
変化する学生のニーズ、技術やツールの進歩、多様性の受け入れなど、常に進化が求められる現代の教育現場。授業をアップデートしなくてはいけない時期が到来しています。この連載では、教員向け研修や教員志望者の育成を行う「RTF教育ラボ」の代表で、年間300もの授業観察を行う教育コンサルタントの村上敬一さんから、専門学校の先生に向けた「令和の授業テクニック」を教えてもらいます。
長かった暑さがようやく和らいできたと思ったら、肌寒く感じる日も増えてきましたね。
専門学生にとっては、後期の授業が本格化し、実習や資格取得に向けた学習、就職活動の準備など、個々の目標に向けた取り組みが加速する、非常に重要な時期に入った頃かと思います。学年や専攻によって進路や学習課題が多岐にわたるため、教員には一人ひとりの学生の状況を的確に把握し、柔軟に対応する力が求められます。
また、近年の専門学校の大きな特徴の一つに、学生の多様化が挙げられます。これは教員にとって、従来の画一的な指導法では対応しきれない場面が増え、「どうすればよいだろうか」と悩むきっかけにもなり得ます。
そこで今回は、授業や学生指導の場面において、学生の背景・特性・価値観の違いを深く踏まえた「学生の多様性に応じた指導法」について、皆様の現場での悩みに直結する具体的なケーススタディーを通して、対応のヒントをお伝えしていきます。
目次
【ケーススタディー1】年齢・社会経験の異なる学生への対応
課題
「私のクラスには社会人経験のある30代の学生と、高校卒業直後の10代の学生が在籍しています。授業中の発言や態度にギャップがあり、クラス内の人間関係に摩擦が生じています。どのように対応を考えればよいか悩んでいます」
このケースは、専門学校でよく見られる状況です。社会人経験者は、目的意識が高く、すぐに結論や実践を求めがちです。一方、高校卒業直後の若年層の学生は、学校での学びのプロセスや、友人との関係性を重視する傾向があります。この授業に対する「意識の差」こそが、摩擦の原因となることが多いのです。
具体的な対応策
多くの専門学校の教育目標には、プロフェッショナルとしての知識・技能を身に付けることに加えて、多様な背景を持つ学生が協働し、多様な価値観を理解し、チームで成果を出す力を育むことが掲げられていると思います。そこで、以下に具体的な対応策の例をお伝えします。
1.相互尊重のルールと目標設定の明確化
授業の初期段階で、「多様な経験を持つ学生が在籍するクラスであること」を積極的に評価し、「異なる意見や経験に耳を傾けることは、学びを深めるための貴重な機会である」という前提を共有します。その上で、「発言の際は、相手の年齢や経験に関わらず敬意を払うこと」「疑問や反論は、相手の人格ではなく意見そのものに向けること」など、具体的な行動規範を明確にすることが効果的です。
また、課題や評価基準を「単なる知識の習得」ではなく、「卒業後、社会人としてプロの現場で成果を出す」という共通の到達点(アチーブメント)に設定し直すことも大切です。これにより、社会人経験者はその経験を到達点への「近道」として生かし、若年層の学生は「目指すべきゴール」として認識できます。評価の視点を「経験の有無」ではなく、「プロとしての到達点」に統一することで、「意識の差」を学習へのモチベーションへと変換します。
2.ディスカッション形式の工夫と経験の活用
社会人経験者の知見を効果的に共有できる、ディスカッション形式を活用するのも有効です。一方的な講義ではなく、社会人経験者の実体験を具体的な事例として引き出しやすいディスカッションやグループワークを積極的に行うことで、より深い学びにつながります。まずは社会人経験者に、そのテーマに関する自身の経験を「ケーススタディー」としてクラスに紹介してもらい、若年層の学生には、その事例に対して「もし自分だったらどうするか」を考える機会を提供します。これにより、社会人経験者は「指導者」「貢献者」としての自尊心を満たし、若年層の学生はリアリティのある学びを得られます。
逆に、ITや最新のトレンドなど、若年層の学生の方が感度の高い分野では、彼らを「情報提供者」とし、社会人経験者が「学び手」となる逆転の役割を与えることで、相互の尊重関係を築きます。
3.個別面談と橋渡し役の育成
個別面談では、社会人経験者に対しては「専門学校での学び方」への移行をサポートし、若年層の学生には「仕事に対する意識」を早期に高めるためのアドバイスを行います。
また、クラス内で双方の価値観を理解し、配慮できる学生を「ファシリテーター」として育成し、彼らがグループワークや日常的な交流の中で、緩衝材や仲介役となれるよう促しましょう。
【ケーススタディー2】入学動機の違いによるモチベーションに差がある学生への対応
課題
「私のクラスには親や高校の先生に勧められて何となく入学した主体性に乏しい学生と、自らの夢のために入学したやる気のある学生が混在しています。そのため、授業への取り組みに温度差があり、グループ活動に支障が出ています。どのように対応すればよいでしょうか」
この課題は、学生の将来に対する「意識の差」と「当事者意識」の欠如が根本的な原因です。モチベーションの低い学生は、自身の将来と現在の学習が結びついていないため、「やらされている感」が強く出てしまいます。その結果、やる気がある学生の足を引っ張ってしまう構造に陥ることも少なくありません。
具体的な対応策
モチベーションの差を埋めるには、「なぜ今、ここで学ぶのか」という学習の意義を学生自身が理解し、当事者意識を持つことが不可欠です。
1.個別面談による将来イメージの掘り起こし
まずは個別面談で、「そもそも将来へのイメージがあるか」を丁寧に探ります。
イメージが「ある」場合、「あるべき姿」と「現在の自分」のギャップを認識させ、そのギャップを埋めるための目標設定をサポートします。目標は、「資格取得」といった長期的なものに加え、「来週の課題で〇〇の技術を身に付ける」「月末実施の実技試験に合格する」といった短期的な目標も設定し、具体的な行動計画に落とし込みます。
イメージが「ない」場合は、親や高校の先生に勧められた理由や、漠然とした興味の種を深掘りし、具体的な事例や卒業生の活躍、職場見学といったリアルな情報を通じて、将来のイメージが持てるようにサポートします。また、「この知識・技術が、将来どんな仕事でどのように役立つか」ということを授業の最初に伝え、意識づけを行います。
2. 早期の達成感を得やすい課題設計
モチベーションの低い学生は、失敗への恐れや、努力が報われないことへの諦めが先に立っている場合があります。早い段階で達成感を得られる課題設計をしましょう。
その際、「スモールステップ」で成功体験を積ませることが有効です。例えば、簡単な課題からスタートし、確実に達成感を得られるようにします。特に、彼らが得意とする分野や興味のあるテーマを、グループワークの中で「小さな責任」として割り当てることで、「自分でも貢献できた」という達成感(自己有用感)と自己効力感を育てます。
また、曖昧な評価ではなく、「前回の課題の〇〇の部分は、今回〇〇のように改善された」といった具体的な行動に基づいてフィードバックを即座に行い、努力と成長を可視化しましょう。
3.グループ活動における役割の明確化
グループのメンバー間の温度差による摩擦を減らすために、各学生に明確な役割と責任を与えます。例えば、モチベーションの低い学生には、「資料収集」「議事録作成」など、成果が明確で、ほかのメンバーに貢献している実感が持てる役割を割り当てます。その際、役割は「雑用」ではなく、「プロジェクト成功に不可欠な専門的な機能」として位置づけることが重要です。
また、モチベーションの高い学生を「教育係」や「メンター」に位置づけるのではなく、互いに教え合う「協同学習(Cooperative Learning)」の場を意図的に設定することも効果的です。これにより、モチベーションの高い学生は教えることで理解を深め(学習の定着)、低い学生は仲間からのサポートによって孤立を防ぐことができます。
コーチング的な視点を大切に
ここまで前編として、年齢や社会経験のギャップから生じる摩擦、そして入学動機の違いによるモチベーションの温度差といった、「学生の内的な意識の差」に焦点を当てた指導法を伝えてきました。
指導の際は、学生の多様な背景を理解し、個々の「将来の目標」を明確化することで、学習への当事者意識を育むことが重要です。また、協働を促す環境づくり(ルール設定や役割分担)は、多様性を教育の機会に変える鍵となりえます。
指導のポイントは、表面的な行動ではなく、その奥にある「なぜその行動をとるのか(そうせざるをえない理由)」という意識の背景を探ることです。学生の内側にあるモチベーションにアプローチすることこそが、専門学校の教員に求められるコーチング的な視点と言えます。
次回に向けて
次回の後編では、さらに複雑で個別性の高い課題のケースを扱います。「異文化の壁」や「発達特性・行動特性」といった、教員が一人で抱え込みがちになる専門的な課題です。後編のケーススタディーを通して、「教員一人で抱え込まず、多角的な視点と専門的なサポートで対応する」という、多様性指導について深く掘り下げていきます。
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村上 敬一
RTF教育ラボ代表/教育コンサルタント/東京都杉並区内中学校学校運営協議会委員
全国の公立および私立の小学校・中学校・高等学校、専門学校、塾などで教員研修、講師研修、授業や学級経営を中心とした教育全般に関するアドバイスを行う。また、現在まで18年間に渡り、毎年約150名の教員志望者を育成。年間の授業観察数は300を超え、これまでに約5000の授業を観察している。
RTF教育ラボ(https://goseminarcourse01.wixsite.com/rtfkyouikulab)









