
連載大原先生の学生指導のすゝめ
動機づけ教育プログラム「実践行動学」を開発する「実践行動学研究所」大原専務理事の学生指導のすゝめ。 学習塾での指導歴25年の大原先生が、実例を用いて学生への接し方をお伝えするシリーズです。 テンポのよいユニークな文章は、一度読んだらハマること間違いなし。
「これって将来、本当に役に立つの?」。真剣に学ぶ学生も、ふと立ち止まって、学ぶ意味を確かめたくなる瞬間があるかもしれません。
その問いにどう答えるかで、教える側の考え方や姿勢がにじみ出るのではないでしょうか。
今回は、勉強が役に立つのか問われたときの答え方について、実践行動学研究所の大原幸夫専務理事からご寄稿いただきました。
目次
その質問の裏にある、本当の気持ち

この前、高校生の長男に突然聞かれました。
「ねえねえ、勉強ってさ、役に立つの?」
おそらくほとんどの人が、この疑問を抱いたことがあるんじゃないでしょうか。
なぜかというとこの問いの本質は、勉強が役に立つかどうかを知りたいわけではないからです。
勉強から逃げ出したい。
逃げる理由が欲しい。
そういう気持ちが質問になって現れただけ。
その場合は質問の最初に「こんな」がくっついているかと思います。
ただ、今回うちの長男が聞いてきた理由は、勉強がイヤになったからではないらしい。
どうやら私を試したようでした。
教育の世界でずっと仕事してきたんだよね。
じゃあ、教育のプロはどういう答えを返す?
そんな聞き方でした。こしゃくなヤツです。
準備なしの私の口をついて出たのは、こんな答えでした。
「役に立つと思って勉強したことは役に立つだろうし、どうせ役に立たないと思ってやった勉強は役に立たない」。
つまり、役に立つか立たないかは勉強の内容によるのではなく、学習者の姿勢やあり方によって左右される。
そういう回答でした。準備なしでは、こんな程度です。
でも、人というのはとっさに出てくる言葉が本音の場合が多いので、どうやら私はこのように考えているらしいです。
勉強する姿勢の差が、「勉強しておいてよかった~!」という人と、「勉強やっとけばよかった…わ~ん(涙)」という人を分かつ。
まあ究極的には、将来役に立つかどうかは神様が決めることであって、自分で決められることではないんだから、われわれ人間の浅はかな考えで切り捨てちゃっていいのかな?と思っています。
あなたならどう答えますか?
なんてことをぼんやり考えていたら、「そうだそうだ、これは記事のネタになる。せっかくならもっと具体的な説明も」と思い立ちました。
例えば、こんなのはどうでしょうか。
「野球の練習で、素振りやキャッチボールをやるよね?
試合でボールを打ったり投げたりするんだから、これは当然役に立つ練習だ。
じゃあ、ストレッチや筋トレは?
試合中に腕立てとか腹筋とかしないよね?
だから、そういう練習は役に立たない?
同じ動作をすることはなくても、練習で身につけたことは役に立つよね。
勉強も同じ。」
…う~ん、説教くさい。苦笑
「微分積分も三角関数もボイル=シャルルの法則も、それ自体を将来使う場面はめったにない。(っていうか、ほとんどの人にはない)
けれどそこで手に入れた思考力や学習能力は、生きていく筋力として大いに役に立つ。大いに役立つのよ。」
…無理やり役立つという結論に持って行こうとしている? イマイチ。
「ティフロヌス・ナサス(魚の名前はAIに聞きました…)っていう目のない深海魚がいるって知ってる?
光のない世界では、目はなくても困らないから退化したらしい。
必要ないものは淘汰されていくのが、この世の摂理。
なのに、昔も今も教科書に載っているということは?
そう、必要だから残っている。」
…う~ん、説得力はどうなんだろ?
個人的にはやっぱり1個目が好き。
「勉強って、役に立つの?」
あなたならどう答えますか?
p.s.
本日の内容は、2018年11月1日発行の第88号メールマガジンを加筆・修正したものです。時が経つのは早いもので、うちの長男は今、大学院生になりました。役に立つと信じて、研究しているかなぁ…。
※この記事は、実践行動学研究所のメールマガジン「しなやかな心と学ぶ力が育つメルマガ Colorful Times」264号を再編集したものです。
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大原 幸夫
一般社団法人実践行動学研究所 専務理事
学習塾に25年勤務。その後小~中学校向けのワークショップの開発、及びファシリテーターの育成に従事している。またコーチング研修等の講師・講演を行う専門家でもある。









