▼ウイナレッジ編集部より
社会的なバズワード「メタバース」。ビジネスだけではなく、様々な場面で耳にするこの言葉の意味を理解し、語れる人は多くはないはず。何故ならば、語る人の側に寄せて説明されやすく、語り手が変わると内容も変わり、多面的なイメージだけが先行しやすいのが実情だからです。このような中で、コロナ禍以前からメタバースの教育実装に取り組んできたデジタルハリウッドの取り組みを通して、オンライン授業の一つの在り方が見えてきました。
デジタルハリウッド大学准教授茂出木謙太郎氏が開発に携わった、授業特化のアバター生成と装着ができる「beCAMing」。その開発の背景と活用についてお話を伺いました。
目次
教育におけるメタバースとは
近年、耳にする機会が増えた「メタバース」。
端的にいうならば、「3次元の仮想空間、またはそのサービス」ということになろう。
教育においてメタバースはどのような役割を担い、意義を持つのか、
デジタルハリウッド大学 准教授 茂出木謙太郎先生は次のように語った。
教育現場でのメタバース活用の例を挙げますと、ある高校生向けの学習塾で、メタバースで授業を行うという取り組みをしました。
高校生がメタバースに入り込み、チームウェアを装着し、PowerPointを疑似プロジェクターに投影してプレゼンをします。
ある子は宮城県、ある子は鳥取県と日本中の様々な場所にいる子どもたちが、メタバースに集まりSlackで作業をしながら発表する。
高校生たちは、4日前までお互いを全く知らなかった者同士です。
しかし、メタバースの中でアバターとなり、話したり、プレゼンの準備をしたり、記念撮影を行ったりしています。
実際のリアルな友人関係や修学旅行での記念撮影と同じようなことが、メタバースで実現できているのです。
出典:早稲田塾「日本予備校界初!VR空間(メタバース)での高校生プレゼンテーション大会!メタバースサマークラス」
茂出木先生が見せてくれる映像には、高校生たちが操作するアバターがプレゼンをしたり、にこやかに話したりしている姿が映し出されていた。
さらに茂出木先生が続ける。
インターネットが普及し始めた1998 ~1999年頃や、Twitterが始まった2006年頃のように、新しいサービスや技術が始まったときは、それに対応できる人たちが少ない状況です。
少ないがゆえにリテラシーやモラルの水準が高く保たれています。
一方で、経済的には誰もが見れる、誰もが使えるということの方が重要ですし、投資家の視点でいうと、メタバースは対応できる人たちが少ない現状から、儲からないと考えられているのも事実です。
たしかに、茂出木先生の言う通り、様々な企業や団体、政府もメタバースへの取り組みを始めたばかりである。
では、メタバースの現在地はどのあたりなのか。
茂出木先生は、ガートナーのハイプ・サイクルから、メタバースの現在地を教えてくれた。
出典:ガートナー「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2022年」
ガートナーのハイプ・サイクルではメタバースはまだ黎明期に位置付けられています。
そのため一般的に普及するにはあと10年かかるといわれています。
実際、UIもUXもまだまだ充分とはいえません。
黎明期、そう、まさにメタバースへの取り組みは始まったばかりといえる。
では、黎明期のメタバースが教育という視点において、どのような意味をもたらすのか。
試行錯誤の中で向かうべき方向性は、どこにあるのか。
茂出木先生のおだやかな口調に熱がこもりはじめた。
教育に使うメタバースとは何か、あくまで私見としてお話します。
最初、教育は特別な権利でした。
権利を獲得するために、様々な時代で多くの人が苦労を重ねてきました。
戦後は、教育のベースが決まり、中学を卒業して就職することが当たり前でした。
それが、高校卒業後の就職に変わっていき、大学は一部のエリートが行くところという認識が持たれ続けました。
その後、現在に続く流れの中で、大学は高校を卒業したら行くもの、というふうに変遷しています。
一方海外では、大学は勉強したい人が行くところとされています。
30歳ぐらいの学生もいるし、大学を複数渡り歩いている方もいる。
日本のように、大学は高校を卒業したら行くものとして、社会人を経験してから通学する方が珍しくとらえられるような状況は、ある意味で教科書タイプの進路設計といえます。
本来、大学は学を修める機関です。
意欲的に学びたいという人たちが、様々な事情――経済的な事情、地域的な事情、家庭事情や本人事情――により、学びを得られていない場合もあります。
メタバースの機能的側面を語る以前に、メタバースというものがあることでみんなが集まってどこからでも勉強することができる環境が整い始めています。
また、メタバースの中に入ることだけではなく、Zoomの利用も含めた様々なネットワーク技術の活用により、みんなが教育を受ける機会が拡大し、学びの門戸が開かれています。
そして、学びの門戸がどのように開かれていくか、どう拡大していくのかという観点が、教育に関して語るべきメタバースであると考えています。
そのうえで、メタバースの技術面は日進月歩で変化していますし、学びの場面でのメタバースの活用も進んでいくと思われますが、そもそもの根幹部分は、この点であるといえます。
どうしても技術的な面ばかりに注目してしまいがちなメタバースであるが、技術面よりも大事な根幹の考えを茂出木先生は指摘する。
さらに話は続く。
メタバースの活用によって本当に学びたい人たちが学ぶことができる、またメタバースを通じて、改めて「学ぶ」ということを考えるきっかけになってくれればよいのではないかと考えています。
東京大学が中高生や社会人を対象にメタバース工学部を立ち上げた動きもこれに準じる考え方ではないでしょうか。(※1)
正式な学部ではないにしろ、中高生や社会人にもメタバースを通じて東京大学のハイクオリティな研究に触れてもらい、学びを深めてもらうという動きは、本学が進めているメタバースの考えと一致していると捉えています。
では、改めてメタバースの定義とは何か。
・みんなが集まれること
・3D空間があり時間軸を共有できること
・創造できること
・経済が存在すること
といわれます。
しかし、今存在しているメタバースですべてがそろっているところは多くはありません。
そもそもメタバース間を移動することができません。
その点ではまだまだこれからの技術ともいえます。
メタバースの技術の中で、あれができるとか、これができるということを論じるには早すぎると考えています。
ただ、メタバースの中ではアバターを使用することになりますので、様々な事情から外出できない方や登校できない方の学びに門戸が開けることは間違いありません。
メタバースは先生方のご理解を得られれば、教育との親和性が高いと考えます。
(※1)
東京大学工学部 メタバース工学部―メタバース工学部とは?―「【1】設立の目的」より抜粋:
メタバース工学部」は、工学分野におけるダイバーシティ&インクルージョンを基本コンセプトとする新しい学びの場ならびに工学キャリアに関する情報を提供することを目指します。年齢、ジェンダー、立場、住んでいる場所などに関わらず、すべての人が工学や情報を学べる教育システムを構築します。
アバターで授業を受けることの意義
Z総研の調査によると、現代の十代は表現したい個性に合わせて複数のアカウント(学校用、推し活用など)を利用しているという。
これはメタバース内でアバターを利用することと、どこか似ている。
この点について茂出木先生はどのように考えているのか。
平野啓一郎氏の著書「私とは何か――「個人」から「分人」へ」(講談社、2012年)で提唱されている、分人という考え方があります。(※2)
人間は、対人関係ごと、環境ごとに人格が変わります。
みなさんもスーツのときとパジャマのときで、でてくる個性が違うと思います。
それと一緒で、各サービス単位で自分の多様な面を発現させていくことが当たり前になってきています。
反面、アバターを使うことの研究も進んでいて、自らの設定したアバターのデザインに、自らが影響されるということもわかってきました。(※3)
ふざけたアバターを使っていると気分があがり明るいキャラになる、大きな体のアバターを使うと威圧感を与えるような強気な発言をする、ということがあります。
そして、その時に得た感覚が実生活にも反映されるという研究もあります。
学習する環境の中で、アバターを使って授業を受けさせることで、自信のない学生が徐々に人前で発言ができるようになっていくのを見るにつけて、アバターで授業を受けることの意義を感じました。
(※2)
分人主義:https://dividualism.k-hirano.com/
(※3)
プロテウス効果・変身した自己の外見が行動に与える影響
Yee, N. & Bailenson, JN. The Proteus Effect: The Effect of Transformed Self-Representation on Behavior. Human Communication Research, ISSN 0360-3989, 33, pp. 271-290, 2007.
では、メタバースにおいて学生たちが集合する場としての「キャンパス」とはどのようなものになるのか。
「キャンパス」の設計や捉え方について、茂出木先生は言う。
移動に距離の概念があるのは無駄、キャンパスまでは瞬間的に移動できた方がよいと考えます。
一方で、無駄が必要な場合もあります。
メタバースに限らず、ZoomやTeamsでのオンライン授業では休み時間をバーチャルに設定できていない。
もちろん休み時間の教室移動もありません。
時間にあわせてONかOFFしかない、これでは、学生から友達ができないという嘆きが聞こえてくることも頷けます。
休み時間のたわいもないやり取りの積み重ねも、学校生活においては大切なのです。
今はそれがデザインされていません。
学校がここを無駄として省いてしまえば、社会人向けのWebスクールと違いがありません。
学校の存在意義のひとつとして、人との出会いや交流も重要であるということを忘れてはなりません。
そう言って、茂出木先生は、VRチャットで実施したデジタルハリウッド大学のオープンキャンパスでの映像を見せてくれた。
そこには、50名近い参加者のアバターが各々に楽しく雑談している姿が映し出されていた。
なぜ、オンライン授業でカメラはONにされないのか
オンライン授業において、学生にどうして顔出しを嫌がるのかと聞くと、「自分の顔がずっと映し出されるからだ」と答えました。
アメリカのスタンフォード大学の研究チームの発表によれば、ZoomやTeamsなどのオンライン会議がつらい原因のひとつは、自分の姿を客観的に見続けることだといわれています。
まして、自分の容姿にコンプレックスのある方にとっては苦痛でしかありません。
ネット上の分身(アバター)をつくることで、自分の容姿を映さずに、先生や他の学生たちと楽しくコミュニケーションをとることができ、ストレスの緩和に繋がると考えます。
茂出木先生が指摘するのは、スタンフォード大学の研究チームが2021年に発表した「Nonverbal Overload: A Theoretical Argument for the Causes of Zoom Fatigue(非言語的過負荷、ズーム疲れの原因に関する理論的議論)」と題される論文だ。
この論文では、Zoomに代表されるオンライン会議システムを長時間利用することの心理的影響、疲労について以下の4つの原因が示されている。
- 視線の多さと顔サイズの大きさ
- 自分自身を見続けること
- 移動できないこと
- 大げさなジェスチャーの必要性
「視線の多さと顔サイズの大きさ」とは、大きな画面上に多数の顔が映し出されて正面を向いていることにより、視線に心理的な負担を感じるということである。画面サイズによっては、リアルな会議よりも他の参加者との距離が近く感じられることも負担の要因だ。
「自分自身を見続けること」とは、人には、自分自身の顔を見続けることで、自己批判的になる傾向がある、ということによるという。
茂出木先生いわく、アバターの使用によって、学生をこうしたストレスから解放することができるというのだ。
参考:IT Medeia NEWS「「Zoom疲れ」の4つの原因と対策をスタンフォード大が紹介」
beCAMingが生まれた背景とは・・・
デジタルハリウッド大学のオンライン授業用アバター生成・装着アプリ、beCAMing。
その開発背景とは。
実は、メタバースブームやコロナ禍よりも前から、アバターの利活用について研究を進めていました。
もともとVR関係に取り組んでいましたので、VRの可能性としては、距離の概念を超えて働けるのではないか、多様な働き方を実現できるのではないかと考えたことがきっかけです。
その中で、容姿をアバターに置き換える、つまり誰でもない顔に置き換えることで、性別や年齢による就業差別や顔を出すリスクを克服できると考えました。
授業のデジタル化が進まない本当の理由
beCAMingの開発では、先生方がどのような機能を使って授業をしたいかを考え、設計することに苦心しました。
例えば、beCAMingには、文字起こし機能というものがあります。
難聴の学生に対して教えたり、等しく会話できたり、パソコンさえあれば様々な人たちが使えるようになっています。
機能面については、オンライン授業やメタバース授業をする先生方が増えてくれば、さらにフィードバックが進むと考えてます。
今後の最大の課題は、学校支給や学校設置のパソコンのスペックです。
利用したいが、学校の環境では動かないという声を聞きます。
この点については、デジタルハリウッド大学で専門学校や大学へのbeCAMingの普及を担う、まなびメディア事業部の西さん、花松さんも頷く。
西さんは言う。
専門学校の先生方の反響、評価は高いです。
学生募集の場面では、オープンキャンパスや体験授業で利用したいと言ってくれる先生が多くいます。
福島の専門学校様で体験授業をしていただいたときにも、高く評価してもらいました。
しかしながら、やはりインフラ、特にパソコンのスペックや学校の環境制限でインストールできない、ネット環境が充分整っていないというようなことで活用のアイデアを阻害されてしまうことが多いのが現状です。
それが最大の課題であり、それ以外の課題はないといってもよいと思います。
では、beCAMingは高度なスペックのパソコンが必要なのかというと、かならずしもそうではないのだが、学生負担の軽減や校内パソコンの導入時期により、このスペックでも厳しいという学校が多いのが実情だといえる。
<beCAMing利用推奨環境>
・CPU:Intel Core i3-10105 / Ryzen 5 3400G
・メモリ:8GB
・OS:Windows10以上
では、大学導入の課題も同様なのだろうか。
大学のアライアンス担当の花松さんは、大学普及の課題も同様にインフラと位置付けているという。
それに加えて「先生方の理解」を挙げる。
「アバター相手に授業はできない」という先生もいるという。
しかし、茂出木先生が続ける。
東京大学の研究論文(※4)で、先生のアバターを学生に選ばせる、つまり、自分たちが習いたいと考える先生のアバターを学生が選ぶ、そうすることで授業中の発言が活発になるというものがありました。
授業でアバターを使用することは、先生にも学生にも、それぞれにメリットがあることが分かります。
今後のメタバース活用により、教育現場がより豊かになることを願っています。
(※4)
雨宮,青山,伊藤:遠隔講義における講師アバタの見かけによって変化する受講希望度が授業への積極的参加行動に与える効果―オンライン授業への導入事例―.日本バーチャルリアリティ学会論文誌,26(1),pp. 86-95,2021.
▼ウイナレッジ編集部より
誰もが幼少期から持っている変身願望。メタバースで、自分が憧れる容姿になったり、できないことができることで、今まで気づいていなかった自分の側面を理解することが、思わぬ自信や成長に繋がるかもしれません。
学術的な背景や論証に基づく、茂出木先生の話にとても共感を覚えました。
メタバースが学びの多様性をつくり、学生の学びを深め、また様々な学生の個性を開花させるきっかけになるのではないかと、期待を膨らませることができた取材でした。
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