連載専門学校教職員が知っておきたい高校「情報Ⅰ」
令和4(2022)年4月より高等学校教育に必履修科目として新導入された「情報Ⅰ」。この連載では教科用図書(文部科学省検定済教科書)13冊の分析を通し、「入学生の前提知識がどのくらい変わってくるのか」「各教科書のプログラミング教育のレベル感」など、専門学校の先生方が知っておきたいポイントをご紹介していきます。
令和4(2022)年4月より「情報Ⅰ」が必履修科目として高等学校教育に導入されました。
「情報Ⅰ」を学んだ生徒たちが専門学校に入学してくるのは令和7(2025)年4月。
とくに情報処理・IT系の専門学校では、入学生たちが前提として持っている知識がどのくらい変わってくるのか、気になるところではないでしょうか。
この連載では、令和4年に発行された情報Ⅰの教科用図書(文部科学省検定済教科書)13冊を分析し、専門学校の先生方向けに知っておきたいポイントをご紹介してきました。
最終回である第5回は、小中学校でのプログラミング教育の概要と、小中高での情報教育を踏まえ、専門学校での学生とのかかわり方の変化について、詳しく解説します。
目次
情報教育における小中高連携
日本では新学習指導要領の改訂に伴い、小学校は2020年度、中学校は2021年度にプログラミング教育が必修化されました。
小学校では、算数・図画工作・理科・音楽など、様々な教科でプログラミング教育が行われています。直感的にプログラミングができるScratchなどのプログラミング言語が現場で用いられることもありますが、言語の習得ではなく、考え方の素地をつけることに重きが置かれています。
中学校では、技術・家庭科(技術分野)でプログラミング教育が行われています。2012年から実施されてきたプログラミング教育に関する内容が、必修化に伴い強化されました。「計測・制御のプログラミング」が「計測・制御のプログラミングによる問題の解決」に変更となり、何のために・どうプログラミングをするかを意識付けするようになりました。また、「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」が取り入れられ、協同して作業する素地を養うようになり、少しずつ実践的な内容になっていきます。
高等学校では、新設となった必修科目「情報Ⅰ」でプログラミング教育が行われています。また、選択科目として設定されている「情報Ⅱ」では、プログラミングのほか、ネットワーク(情報セキュリティを含む)やデータベースの基礎等について、より発展的な内容について学びます。
では、なぜここまでの改革が必要だったのかをみていきましょう。
文部科学省によるプログラミング教育必修化
2018年、文部省における有識者会議にて、プログラミング教育必修化に向けた方向性が示されました。
情報を読み解く力、情報技術を手段として使いこなし、論理的・創造的に思考する力、課題を発見・解決し、新たな価値を創造する力、感性を働かせ、よりよい社会や人生の在り方について考える力などを養う指針でプログラミング学習が導入されることになりました。急速に変化している、これからの時代に求められる資質を身につける内容になっています。
出典:文部科学省「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方」
プログラミング教育の目的
「プログラミング教育」というと、情報系の授業やコンピュータを使った授業を想像される方が多いのではないでしょうか。
しかし、義務教育でのプログラミング教育は、必ずしも “情報 “と銘打った授業でコンピュータの使い方を学ぶものではありません。
また、必修科目として導入されたからといって、教育カリキュラムにカスタマイズされたプログラミングの「学問」が含まれるわけでもありません。
実際には、従来の学校教育の中でプログラミング教育を行い、論理的・体系的に思考して課題を解決する「プログラミング的思考」を身につけることが求められています。
プログラミング的思考とは、
「(1)作業の順序を考える能力」
「(2)効率的な思考能力」
の2つを備えていることを意味します。
この思考方法は、将来どのような職業についたとしても役に立ちます。
具体的に「何ができるようになるか」というよりも、何か問題を解決しようと思ったときに、「これってAIやプログラミングでこんなふうにできるんだ」と気づけるようになることが重要です。
この土台を踏まえたうえで、高等学校では以下のような目標を掲げています。
(1) 情報と情報技術及びこれらを活用して問題を発見・解決する方法について理解を深め技能を習得するとともに,情報社会と人との関わりについての理解を深めるようにする。
出典:文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示) 」
(2) 様々な事象を情報とその結び付きとして捉え,問題の発見・解決に向けて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用する力を養う。
(3) 情報と情報技術を適切に活用するとともに,情報社会に主体的に参画する態度を養う。
つまり、情報技術による問題解決力を育成するだけでなく、情報技術を使った問題解決技能の習得や社会参画態度を養うことを最終的な目標としています。
日本は労働生産性が低いとされています。今回のプログラミング教育必修化は、変化が著しいIT分野において世界に後れをとらないようにすることが狙いの一つの要因であることは、間違いないでしょう。
では、どのような改革がなされたのか、小学校・中学校のプログラミング教育の全体像をみていきましょう。
小学校のプログラミング教育概要
文部科学省では小学校のプログラミング教育の概要として「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせる学習活動を実施することとする。既存の教科の中でプログラミングを体験し、そのよさについて実感を伴って理解したり、コンピュータを動かす際に特有の考え方を学んだりする。」としています。
小学生が学ぶ「プログラミング的思考」
プログラミング的思考とは何でしょうか。
簡単に言うと、「(1)ある作業について手順を考え」、「(2)より効率的な方法を考え」、目的の結果を得ることです。
例えば、洗濯をするとき、洗う服のポケットの中を確認し、服を洗濯機に入れ、洗剤を入れ、洗濯機を回し、洗い終わったら干します。この一連の作業は、正しい順序で行うことが重要です。したがって、これらの作業の順序を考えることが重要です。
さらに、服を洗濯機に入れてから干すまでの待ち時間をいかに効率的に管理するかも必要です。
そのため、洗濯機の前で待っている時間ばかりが長くならないように、その間に別の家事をこなしたり、音楽を聴いてリフレッシュしたり、何か生産的なことをすることも有効です。
このように、洗濯をする際、どの順番でやるのかを考えることが、プログラミング的思考の「(1)ある作業について手順を考えること」にあたります。「論理的に考える」とも言い換えることができます。
「別の家事をこなしたり、音楽を聴いてリフレッシュしたり、何か生産的なことをすること」がプログラミング的思考の「(2)より効率的な方法を考えること」にあたります。
このように、日常的な行動を因数分解し、適切なアルゴリズム(問題を解決するなどの目的を達成するための計算・処理方法)は何か考えていきます。
中学校のプログラミング教育概要
2021年からは中学校のプログラミング教育が必修化され、新たにカリキュラムが拡充されたことにより、さらに充実した指導が行われています。
中学生のうちから、さまざまなデータを使って積極的にプログラミングをするように指導しています。また、ネットワークを活用し、問題解決を主眼とした双方向性のある教材を作成するための指導も行われています。
中学生が学ぶ「情報と社会のつながり」
中学校でのプログラミング教育は、技術・家庭科の「情報の技術」の中で扱われます。
自分で作ったプログラムを楽しみながら、IT技術の進歩が地域社会や環境保全に役立っていることに気づくことができます。また、プログラミングを学ぶことで、さまざまな職業や現在の技術について理解することができます。
例えば、通信システムによる双方向性のあるデジタルコンテンツの開発を行います。これは、人とコンピュータの双方向の活動を含み、単にアプリケーションを利用するだけでなく、実際にプログラミングも行います。
また、独自に調査し、解決策を提示することも重要となります。
具体的には、校内LANを利用したチャットシステムを構築することなどがあげられます。
さらに、通信ネットワークの仕組みや情報活用の基本を理解した上で、適切かつ安全にプログラムの実行、検証、デバッグを行うことができるようになることも目標です。デバッグとは、プログラミングの矛盾や間違いを発見し、修正することです。
学習指導要領の解説によると、プログラミングにおける命令の重要性や特定の動作の設定よりも、処理手順の概念(アルゴリズム)を理解することに重点を置いています。
また、目標を設定し、どのような仕組みや処理方法が必要かを考え、制作の過程や結果の評価、改善・修正につなげることができるようになることが目標とされています。
お掃除ロボットのプログラミングを工夫する
中学校のある授業では、お掃除ロボットを仮想的に作成できる「お掃除ロボットシミュレーター」をScratchで作成し、生徒たちに提供します。
実際にお掃除ロボットを動かしている映像を見た上で、その動作をシミュレーターで修正・拡張していきます。
プログラミング言語以外にも、中学校のコンピュータ・プログラミング教育の先進的な手法を分析しています。
しかし、最終的な目標はプログラミング技術の習得ではなく、お掃除ロボットの動作の変化を通じて高度な問題解決能力を身につけることです。
また、お掃除ロボットのソフトウェア構築を再現することで、現代社会で使われている技術を科学的に理解することができるようになります。
参考資料:文部科学省「中学校技術・家庭科(技術分野)におけるプログラミング教育実践事例集」
専門学校における2025年~入学生とのかかわり方
今回は、小中高におけるプログラミング教育の連携について詳しくご紹介しました。
2011年に発表されたニューヨーク市立大学教授によれば、現代の子供たちの65%は今はまだない職業につくだろうとの予測があります。
専門学校に入った学生全員が、将来IT関連の仕事をするわけではありませんが、どんな仕事につくにせよ、社会に出る前にプログラミング的思考を身に付けることはとても重要です。
時代の流れや要請を読むためにも、将来を担う学生たちがどのようなプログラミング教育を受けてきたのか、将来どのような社会的な情勢での職業人になるのか、正しく理解し指導していく必要があるでしょう。
今後の社会の在り方について、とりわけ最近では、「第4次産業革命」ともいわれる、進化した人工知能が様々な判断を行ったり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化されたりする時代の到来が、社会の在り方を大きく変えていくとの予測がなされているところである。こうした変化は、様々な課題に新たな解決策を見いだし、新たな価値を創造していく人間の活動を活性化するものであり、私たちの生活に便利さや豊かさをもたらすことが期待されている。
その一方で、“人工知能の進化により人間が活躍できる職業はなくなるのではないか”“今学校で教えていることは時代が変化したら通用しなくなるのではないか”といった不安の声もあり、それを裏付けるような未来予測[1]も多く発表されているところである。教育界には、変化が激しく将来の予測が困難な時代にあっても、子供たちが自信を持って自分の人生を切り拓き、よりよい社会を創り出していくことができるよう、必要な資質・能力をしっかりと育んでいくことが求められている。
[1]今後10年~20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高い(マイケル・オズボーン氏(オックスフォード大学准教授))との予測や、子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く(キャシー・デビッドソン氏(ニューヨーク市立大学大学院センター教授))といった予測がある。人工知能が職業を奪うという可能性が指摘されている一方で、人工知能が新たな職業を生み出す可能性も指摘されていることに留意が必要である。
出典:文部科学省「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方」
また、2020年度、全国の小学校で「プログラミング教育」の実施が義務付けられたことは、グローバル化、ICT技術の急速な発展、少子高齢化という難題に対して、政府・国民が「科学的根拠に基づく教育への転換」を選択したことを示しています。
実際に、「プログラミング教育」を個別の学習領域としてではなく、現在の教科(国語、算数、理科、社会、音楽、図工など)で学んだ認知推理力、創造力、データ、技術を生徒が確実に身につけるために、様々な教科に組み込まれていることからも明らかです。
IT関連ではない学校でも、何か作業を行う前に「どの順番で、どう作業を行い、どう解決するか?」を意識する学生の割合が高くなる可能性があります。少し耳が痛いかもしれませんが、「なんでそうするんですか?」や「こうやったほうがよいのでは?」などの言葉が増えるということです。しかし、これらの発言はよりよい成果物を創出したいという願望から生まれるものです。「あなたはどうしたらいいと思う?」と聞いてみたら、いいやり方や工夫、アイデアを提示してくれるかもしれません。もちろん、その作業に明確な科学的根拠がある場合は、とことん学生に説明し、納得感をもってもらえばよいと思います。このように、プログラミング教育の必修化に伴って先生という固定概念を少し薄め、学生と一緒に成長するパートナー・伴走者として学生と向き合えるように、少しずつ時代に即して変化する必要があるかもしれませんね。
参考文献:
松村太郎・山脇智志・小野哲生・大森康正 著「プログラミング教育が変える子どもの未来-AIの時代を生きるために親が知っておきたい4つのこと-」翔泳社 (2018)
平井聡一郎・利根川裕太 編著「なぜ、いま学校でプログラミングを学ぶのか-はじまる「プログラミング教育」必修化 2020年4月から全小学校で実施-」技術評論社 (2020)
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連載:専門学校教職員が知っておきたい高校「情報Ⅰ」が完結いたしました。
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真南風文藝工房 代表
ライター・サイエンスコミュニケーター
工学修士(航空宇宙学)
自動車メーカーでの先行開発エンジニアを経験した後、理系教材編集(小中高理科テスト編集・高校数学・中学校理科教科書編集)職に転向。
近年は環境・航空・宇宙・自動車・理科・数学・サイエンスなどを中心に幅広い分野での執筆活動にも取り組んでいる。