連載麻生塾に聞く!教育ICT活用
九州最大級の総合専門学校グループ「学校法人 麻生塾」の教育ICT活用について、牽引役である若山先生・藤澤先生にお聞きする注目の連載。「コロナ禍の緊急対応」に留まらない中長期的な取り組みの展望から、大きな組織での情報共有とプロジェクト推進の秘訣、すぐに真似したいテクニックまで、貴重な知見を惜しみなくお伝えします。
▼ウイナレッジ編集部より
麻生塾グループの教育ICT活用のキーパーソンお二人をお迎えしてお届けする連載「麻生塾に聞く!教育ICT活用」。
若山先生の第1回では、2013年頃からの教育ICT活用の取り組みについて、第2回では、コロナ禍を迎え「麻生塾内の遠隔授業支援」という使命のもと自らも教壇に復帰し、急激に変化した教育現場で学びを継続するために奮闘した日々についてお伝えいただきました。
第3回は、現場での実践編の続きで、公務員試験直前期の学生に向けた授業での教育ICT活用のさらなる工夫についてお伝えいただきます。
目次
「本番直前期の授業」向けに再設計
前回の授業に引き続き、授業対象の学生さんが2年生(就職学年)に進級した際の授業も担当することになりました。
同じ演習授業ですが、本番直前という時期を考慮し、かつ、「学習動線の個別化」の軸は変えずに授業設計しなおす事にしました。
- 対象 2年課程の2年生
- 内容 数的推理・判断推理
- 時期 試験本番を控えた直前期
まずは「授業を受けることで学生にこうなってほしい」期待を設定
まず、「試験本番を控えた直前期」という時期を踏まえ、「公務員試験本番までに必要な能力を身につける」授業、という位置づけを確認しました。
そのうえで、「自分の授業を受けてこんな状態になってほしい・こんな能力を身につけてほしい」という期待を設定しました。
その状態・能力は、以下の三つ。
- 一人で設問に向き合う
試験本番では、隣の人や試験官を頼るわけにはいきません。
分からない設問が出てきても、なんとか処理(後回しなのか、二択まで絞っておくのか、当てずっぽうでいくのか、など)できるようにする必要があります。
- 時間内に最大の成果を出す
試験には時間の制限がありますから、その時間内に得られる点数を最大化することが重要です。
この能力を身につけておかないと、「一つの設問に固執してしまい、解ける設問を解けずに得点機会を失ってしまう」ということが起きてしまいます。
- 一人でも勉強できる
同じ志を持った仲間と一緒に勉強するのはとても力になりますが、本番が近づくにつれ、勉強内容は学生それぞれの弱点克服に移り、より個別的になります。
一人でも勉強でき、自分の弱点にしっかりと向き合えるようにする必要があります。
また、一人で勉強する場合、他人のスケジュールを気にする必要がなく、勉強のスケジューリングが簡単です。
また、副産物として、この三つの能力が身についた状態にすることで「学生が(学習においては)自立している」状態を実現できると思いました。
とはいえ、私は学生の自立を良いものと捉えましたが、見方を変えれば「学生を教員の手から離れさせようとしている」とも取れ、必ずしもすべての人に賛同される考えではないかもしれません。
ここでふと疑問を抱きました。
「自分がやろうとしていることは、麻生塾の教育方針に沿っているのか?」と。
……ググりました。
入塾して12年、初めて自校の教育方針をまじまじと見返しました^^;
書いてありました。「自立」。
ほっとしたのと同時に、自信にもなりました。
「三つの期待」を実現する授業のあり方を検討
「期待すること」三つを設定できましたので、次はそれらをどのように実現していくかの検討です。
従来の「一斉形式」や「紙教材」では実現は不可能。ICTの活用が大前提です。
まずは使用する教育ICTツールを検討します。
コミュニケーションツールは引き続きTeamsを活用するとして、問題演習に使うツールは再考の必要がありました。
というのも、前回使用したFormsはそもそもアンケートのためのツールで、問題演習に使うには限界が見えていました。
そこで、麻生塾ですでに導入していたLMS「Knowledge Deliver」を活用する方向で、「三つの期待」実現のための検討を始めました。
検討の結果、LMSの基本的な機能で「三つの期待」それぞれを実現できそうだとわかりました。
とはいえ、特に「一人で問題に向き合う」能力を養おうというのは初めての試みで、勇気がいりました。
一斉形式に慣れている学生さんに中々の負荷をかけることになります。
しかし、それでも能力を身につけるためには必要なことと考え、「分からない設問があっても隣のクラスメイトを頼れず、自分で何とかするしかない(隣のクラスメイトは全く違う設問を解いている)」という「孤立」状態にあえて学生を立たせることにしました。
* * *
ツールやコンセプトが固まってきたので、授業の全体(全15回)と各回の計画にとりかかります。
公務員試験(筆記試験)は、「時間は概ね100分前後、内容は複数の分野が混在、問題数は40〜50問程度、配点は1問1点、択一形式」の試験です。
授業も回を重ねるごとに、できる限りこの形式に徐々に近づけていきました。
科目は以下の通り。
- 科目A:判断推理(論理分野)
- 科目B:判断推理(図形分野)
- 科目C:数的推理(論理分野)
- 科目D:数的推理(図形分野)
1回の授業は、おおむね次のような構成です。
- 5分間: 挨拶、演習内容説明、演習用URLをTeamsで案内
- 20→45分間(時間は徐々に増加): Knowledge Deliverで問題演習
※問題ストックからランダムに出題されるので、自分が解いている設問と周りの学生さんが解いている設問が異なる。早めに終われば制限時間を待つことなくやり直しに進む。 - 25→0分間(時間は徐々に減少): 学習履歴や解説文、解説動画を見ながらやり直し
※他の学生さんとは解いた設問が異なるので、基本的には与えられた解説文や動画と自分の力でやり直しをする。分からないことがあったら教員が支援に入る。 - 放課後: 自分の弱点を中心に自習
※学習履歴から「いつの演習で、どの問題を解いて、正誤はどうだったか、どんな問題だったか、どんな解説か」を辿ることができるので、授業時間以外でも弱点克服が可能。
この図表を見てお気づきだと思いますが、授業内に「教員による一斉解説講義」は全くありません。
というのも、そもそも学生さんごとに解いている設問が違うので一斉講義は不可能。代わりに動画がやってくれます。
すると、その分「私(教員)が空く」わけで、「いつでも学生さんへの個別対応が可能な状態」でいられるのです。
このように、あえて学生を「孤立」させながらも、決して「孤独」にはさせない授業を設計できました。
描いた授業を形にする作業にも教育ICTが活きる
授業の設計ができましたので、後は手を動かし、形にしていきます。
とはいえ、前回の授業でTeamsの運用方法は学習しましたので、今回必要な作業はKnowledge Deliverへの問題格納だけです。
この問題格納作業も、それほど手間はかかりませんでした。
理由は「過去問データベース」です。
通常、LMSには「CSV(エクセルなどの表形式)インポート機能」というものがあります。
また、データベースも基本的にはエクセルの表形式です。
したがって、データベースがあれば、表から必要分をコピーし、一時的なエクセルに貼り付け、簡単な関数でKnowledge Deliver形式に変換できます。
これで、10問でも100問でも1,000問でも、一気に格納が可能です。
以前から「過去問データベース」を用意していたことで、約1,300問のLMS格納が、他の業務と並行しながら1週間ほどで終わりました。
データベース構築当初は、膨大な手間がかかることもあり、あまり周囲から理解されませんでした(……というより、地味な入力作業を誰もやりたがりませんでした)。
しかし、この通り「LMSへの格納」だけ見ても、汎用性、迅速性、正確性、いずれの面でも手作業の何十倍もの成果を発揮できたと思います。
やっててよかった公文式、作っててよかったデータベース。
そして迎えた授業。今回も……
今度の授業は、数回は遠隔形式での実施でしたが、基本は教室形式となりました。
授業初回には、以下のことをしっかり説明。
- 本授業の位置づけ(時期的なこと)
- 本授業を通して身につけてほしい能力とその理由
- その能力を身につけてもらうための授業形式(あえて「孤立」させる)
- 教員はずっと教室内を巡回しているので、困ったら手を挙げてほしいこと(「孤独」にはさせない)
初めの1、2回の授業ではLMSへのアクセスで手間取る学生さんもいましたが、それもすぐに落ち着きました。
学生さんが設問を解いている間は、今までの授業でもそれほどやることはなかったのですが、この授業ではその後も「ほとんどやることがない」……。
時折「解説には○○と書いてあるが、どうして○○となるのか?」などの質問はありますが、ないときは全くありません。
では学生は何もしていないのかというとその真逆で、すごい集中力で解き、やり直しをしています。
一斉形式(全員で同じ設問を解き、同じタイミングで同じ解説を聞かせる)ではまず見られなかった光景でした。
そのうち私も運用に慣れてきて、学生さんが解いている様子を見ながら、あまりにも手が止まっているようだったら少しヒントを出してみたり(( ゚∀ ゚)ハッ!と気づいた瞬間はたまりませんね^^)、放課後の質問対応のようにその場で一緒に解くこともありました。
また、学生さんの様子を見る時間がたっぷりありますので、「あー、成績が良くない学生さんってこういう勉強の仕方するんだなぁ」とか「あ、この学生さん、今日は体調良くなさそう」といったことも分かり、授業後に担任の先生と情報共有するなど、新たに生まれた授業中の時間を有効活用できるようにもなりました。
……が、やはり拭えぬ不安。また今回も学生さんに聞くしかありません。
学生はこの授業をどう受け止めたか
今回は、身につけてほしい能力を設定し、それらを身につけるための授業形式を設計する段階から「授業の最後にアンケートで確かめよう」とは思っていました。
また、副産物だったら嬉しい「主体性」や「自立性」についても定性評価してもらおうと考え、今回は以下のようなアンケートを実施しました。
※「時間内に最大の成果を出す」については、定量も定性も評価しにくいだろうと思い、外しました。
【設問1】
「一人で問題に向き合える」について。
従来の授業形態での成長度と比較して、今回の授業形態での成長度に点数を付けてみてください。
【評価1】数値入力
※従来授業と変わらない…「0」
※今回の方が成長する……「0」以上の数値
※従来の方が成長する……「0」未満の数値 例)-100
【設問2】
そのように評価した理由は何ですか?
【評価2】自由記述
【設問3】
「一人でも勉強できる」について。
従来の授業形態での成長度と比較して、今回の授業形態での成長度に点数を付けてみてください。
【評価3】数値入力
※従来授業と変わらない…「0」
※今回の方が成長する……「0」以上の数値
※従来の方が成長する……「0」未満の数値 例)-100
【設問4】
そのように評価した理由は何ですか?
【評価4】自由記述
【設問5】
その他、今回の授業を通して、従来の授業形態と比べて「主体性(自分で決める)・自立性(人に頼らない)」が身についたと思うことはありますか?
【評価5】自由記述
結果、期待を上回る内容の回答が得られました。
具体的に自分の期待を上回っていたのは、特に以下の点です。
- 全成績階層から高評価
成績の良し悪しに関係なく評価されていました。
上位層は上位層なりに、下位層は下位層なりに、自分の成長を感じた結果と思われます。
教員の「成長とはこうあるべきだ」的な尺度で測っていけないんだろうなぁ、と感じました。
- マイナス点の少なさ
学生には「孤立」という中々の負荷をかけたと思っていましたが、思ったよりもマイナスが少ない結果となりまました。
- 「集中できる」「考えてみる」の多さ
逆を考えると、普段の授業が「集中できない」「教員が答えを与えてしまう」環境なのか?と考えさせられる結果です。
前回同様、アンケート結果には安堵しましたし、自信にもつながりました。
同時に、少し反省もしました。
やらせてみると意外とできるものだとわかり、学生の持つ可能性を侮ってはいけないと自戒しました。
次回は授業実践編ラスト
次回は授業実践編のラストとして、「初学者の知識インプット段階での試行」「同僚の先生方への展開・連携」「さらなる学習効果向上のための工夫(Power Automate活用等)」「項目を細分化した学生アンケートの結果と分析」等についてお伝えします。
▼ウイナレッジ編集部より
若山先生の第3回では、「試験に受かる」という目標達成に向けた直前期での教育ICT活用実践について振り返っていただきました。
学生ごとに最適化された「個別の動線」を持つ授業形式は、一人で立ち向かわなくてはならない本番の試験に向けて主体性・自立性を養うのにも効果的だというのは納得です。
次回は授業の場での実践編のラスト。
「演習の授業では良い効果を得られたこの授業形式は初学者の知識インプット期にも役立つか」「学校の他の先生方にもやってみてもらう」「ICTの強みをさらに活かすPower Automate活用」「おなじみの学生アンケートをさらに細かく徹底分析」など気になるテーマ盛りだくさんでお届けします。お楽しみに!
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若山 祐紀憲
学校法人麻生塾 コンテンツ推進部
麻生塾における教育ICT活用の第一人者。
専門は、公務員試験における「判断推理」「数的推理」「資料解釈」など。
麻生公務員専門学校福岡校にて教鞭をとっていたころ、面接指導がきっかけでYouTubeなどの映像配信プラットフォームに関心を持ちはじめる。2013年にホームビデオカメラから始まった授業・教材の映像化は徐々に成果につながり、株式会社麻生キャリアサポートでのICT活用教材の作成・販売へと活躍の場が広がっていく。
2020年、コロナ禍に入ると、グループ内の「遠隔授業の支援」を使命に学校法人麻生塾 教育推進部へ異動。長年の映像教育の経験を活かし、同塾内のICT教育活用を推進するとともに、自らも教鞭をとり、ICT教育活用の実践と仕組み作りに邁進。
2022年4月より現職。麻生塾グループ開発の教育プラットフォーム「Teachare」の開発・普及に取り組む。