連載授業アップデートテクニック
変化する学生のニーズ、技術やツールの進歩、多様性の受け入れなど、常に進化が求められる現代の教育現場。授業をアップデートしなくてはいけない時期が到来しています。この連載では、教員向け研修や教員志望者の育成を行う「RTF教育ラボ」の代表で、年間300もの授業観察を行う教育コンサルタントの村上敬一さんから、専門学校の先生に向けた「令和の授業テクニック」を教えてもらいます。
まだまだ学校行事や実習などで忙しい11月。教員だけでなく、学生たちにとっても疲れが蓄積してくるタイミングだと思います。イベントの終わりとともに何となく「やる気がでない」と感じてしまう学生も少なくないのではないでしょうか。一過性の「短いやる気のなさ」であればさほど問題はないのですが、学校への登校頻度が少なくなったり、遅刻の数が増えてきたりすると問題は大きくなりそうです。
前回の記事「指導スキル(3)~学生の自己肯定感を高める承認方法」の中でも記載しましたが、専門学校の中途退学・休学などの理由で「学生生活不適応・修学意識低下・学力不振・心神耗弱・疾患」が多く回答されています。さらに小学生~高校生の不登校の問題にも目を向けると、不登校の「主たる」要因として最も多いのは「無気力、不安」で、その割合は年々増加傾向にあるそうです※。
※参照:文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」
このことから考えてみても、学生のやる気を引き出して行動を継続させることは、専門学校の教員にとって今後必要なスキルだと思われます。
そこで今回は、「心理学を活用したモチベーションUP術」として、学生のモチベーションを上げる方法をお伝えします。
目次
学生のモチベーションUPの前提条件として
今までの経験をイメージしてみてください。複数の人から同じような内容のアドバイスをされた際、この人に言われると受け入れられるけど、この人に言われるといやな感じがする…と思った経験があるのではないでしょうか。そこにはどんな違いがあるのでしょうか…?
他者から影響を受ける場合、「誰から、どのように伝えられたか」が重要なカギとなります。まず、「誰から」という点でいくと、普段の人間関係(リレーション)が重要です。教員と学生の場合、普段からコミュニケーションをとっており、学生から見て十分に自分のことを理解してくれている(理解までいかなくても見てくれている)と感じている先生からの言葉だと素直に受け取りやすいものです。一方、そうでない場合は逆にモチベーションを下げてしまいかねません(有名人など、憧れている他者の場合は別ですが…)。普段からのリレーションづくりは、学生のモチベーションを上げるための前提条件といえます。
次に、「どのように」という点です。学生の状況、場所、教員の表情、かける言葉のチョイスなどが「どのように」に当たります。
学生の状況で確認しなくてはいけないことは精神状態です。「やる気がでない」の状態が鬱に近い状況であれば、アドバイスをおくるより、しっかりと話を聞くカウンセリングに近い対応をして、専門家に相談する方がよいでしょう。
場所について大切なことは、学生が「ネガティブなイメージを強く持たない」状況や場所をチョイスすることです。教室や職員室、相談室など学校内にもいろいろな場所があります。例えば、普段から教員が多くの学生に声をかけ、相談室で話をすることが当たり前の学校もあれば、学生にとって「相談室=単位を落としたなど深刻な話をされる場」となっている学校もあると思います。モチベーションUPのためには、強いネガティブイメージを持たせない場所が適切です。
また、教員の表情ですが、笑顔に近い柔らかい表情を意識してください。方法としては口角を上にあげるようにすると、おのずと目じりも下がっていくため柔らかい表情になります。表情が固いと言われる先生は試してみてください。
かける言葉のチョイスのポイントは「決めつけずに」です。まずは学生に話をさせて、正しい情報を確認してからアドバイスに入ることをお勧めします。
動機×期待×価値(アトキンソンの期待価値理論の3要素より)
心理学には「期待価値理論」という理論があります。この理論は複数の方が少しずつ違う提案をしていますが、今回はジョン・ウィリアム・アトキンソンの「期待価値理論」をベースに、学校教育で活用しやすい形に応用して説明します。
学生が目標を設定しモチベーションを上げ、行動を継続させていくための構成要素として、(1)達成動機、(2)主観的な成功確率(期待)、(3)成功時の魅力(価値)の3つがあり、それぞれの積によってモチベーションの強さと維持期間が決まります。
まずは「達成動機」についてです。そもそもモチベーションが上がらないと、行動に移すことが難しく、行動をおこさないから気持ちもだらだらしてしまい、さらに行動したくない気持ちに支配される悪循環が起きてしまいます。前回の「指導スキル(3)~学生の自己肯定感を高める承認方法」で伝えた、自己肯定感を高い状態に保つことと同様に、モチベーションを上げて高い状態にキープするために「行動」が必要で、その行動を促すものが「動機」です。前回の「動機」と今回の「達成動機」に違いがあるとすれば、「達成動機」は「目標やゴール」が明確であるということが挙げられます。「目標やゴール」が明確でイメージしやすければしやすいほど、モチベーションは高い状態で保たれやすく、気持ちが沈む出来事があったとしても、早い段階で立ち直りやすいのです。
もう一つ重要なことがあります。それは「動機」の種類です。前回も使用した図「動機の四象限マトリックス」をご覧ください。
例え「目標やゴール」があったとしても、動機の種類が図の第三象限・第四象限(下の2つ)「感情マイナス」であれば、「目標やゴール」が他者の考えに依存しやすくなります。例えば、「宿題をやる」という行動を起こしたとしても、親からやれと言われて仕方なくやる場合、モチベーションは上がっておらず、親の考えに従っただけです。この場合、行動の動機は弱く、親の考えに依存していると言えます。「叱られなければいいや」「提出期限に間に合えばいいや」「周りから遅れなければいいや」といった「失敗回避傾向」の思考となり、モチベーション維持が難しくなることが大きな課題なのです。しかも、図の第一象限・第二象限(上の2つ)「感情プラス」の動機で行動したときと比較すると、結果のクオリティーが下がってしまうことが多いです。「感情プラス」での行動は、「成功接近傾向」の思考になりやすいことが理由です。
次に「期待」についてです。「主観的な成功確率」とも記しましたが、簡単に言うと「自分にできそうと感じたか」ということです。経験が少ない幼少期ほど「やってみたい」といったモチベーションは上がりやすいのですが、ある程度いろいろな経験をした大人ほど、この「期待」は低くなってしまいます。学生は大人に近いため、「期待」は低くなりがちです。実習や実技において、達成段階を細かく分けて実践することでトレーニングしていき、できることを承認することで自己効力感を高める「スモールステップ方式」を活用することで解決できるはずです。
最後に「価値」についてです。目標やゴールを達成したときに、自身にとってどのような魅力(価値)があるかイメージできるかどうかが「価値の大きさ」となります。「達成したときのメリットが大きい」と思えば思うほど、行動が継続しやすいと言えます。
「期待価値理論」は、動機と期待と価値の積と伝えましたが、数学のようにマイナス項目が偶数個の場合でもプラスにはなりません。マイナス項目はゼロとして考えてください。また行動を開始してしばらくの間は要注意です。脳は慣れていないことを「不安」と判断し、無意識のうちに「やらなくてよい理由探し」を始めてしまう傾向にあります。せっかくモチベーションを上げて行動を開始しても、継続が難しい状態となる原因はここにもあるのです。
「役割性格」の活用
「役割性格」とは、役割を与えることで起こる心理的作用のことです。役割があると、その役割に見合うように人は無意識に行動や発言を変えるようになります。モチベーションが上がらない要因の一つに「自分には関係がない」「自分がやらなくても誰かが行動してくれる」という「当事者意識の欠如」や「軽い依存性」が挙げられます。特に学校は集団で行動する機会が多い場所です。専門学校の場合、1クラス30~40名で構成されることが多いかと思います。そのような中で、常に同じ学生だけが行動をしていると、行動していないほかの学生たちの当事者意識は薄くなり、知らず知らずのうちに手を抜いてしまうことがあります。心理学では、「リンゲルマン効果」や「フリーライダー現象」と呼ばれています。
この問題を解決するために「役割性格」を活用することができます。学生に役割を与え、当事者意識を刺激することで、モチベーションが上がりやすい状況を作るのです。例えば、グループワークの際、司会などの役割は固定せずに持ち回りで実施するルールを設けたり、行事やイベントごとに運営委員を変えてみたりすることで、「役割性格」をより多くの学生に与えることができます。「役割性格」を効果的に活用するポイントとして、教員は学生に丸投げしないことです。例えば、目的を伝達したり、目標設定のサポートに入ったり、壁にぶつかっている学生に声をかけたりと、学生が見守られていると感じる行動を意識しましょう。ただ、介入しすぎにはご注意を。サポートではなくヘルプを多用すると、教員への依存がスタートします。
まとめ
今回は「モチベーションUP」をテーマにお伝えしてきました。学生のモチベーションを上げることは非常に難しいと感じる先生も多いと推察します。今回の記事を読んだだけでは、すぐには解決しないこともあるかとは思いますが、まずは「期待価値理論」と「役割性格」を意識して、学生に接することから始めてみてください。
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村上 敬一
RTF教育ラボ代表/教育コンサルタント/東京都杉並区内中学校学校運営協議会委員
全国の公立および私立の小学校・中学校・高等学校、専門学校、塾などで教員研修、講師研修、授業や学級経営を中心とした教育全般に関するアドバイスを行う。また、現在まで18年間に渡り、毎年約150名の教員志望者を育成。年間の授業観察数は300を超え、これまでに約5000の授業を観察している。
RTF教育ラボ(https://goseminarcourse01.wixsite.com/rtfkyouikulab)